お店外観

 


お店紹介

御主人 長岡京の工場前。何人もの職人さんがズラリと並ぶ長い竹材を相手に、黙々と作業に勤しんでいる。中からは、機械音が絶え間なく響く。二代目高野忠男氏が父のもとを独立、高野竹工として新たなスタートを切ったのは昭和43年のこと。手作りの味わいを継承しながらも、作業の要所要所に積極的に機械を導入。高度成長の波に乗り、会社は急成長を遂げた。現在では茶道具をはじめ、工芸品や指物など、竹製品の製造を数多く手掛けている。しかし、「道場はあくまで竹の中」と高野氏。その言葉の裏には、「最高の竹を見つけだし、後世に残し伝えていくことが竹を扱う者の役目。そのためには、自分たちがまず竹の価値をきちんと理解していなければならない」。そんな思いが隠されている。

竹を知ることからすべてが始まる

宗教家、芸術家、学者と、さまざまな分野の専門家と交流をもち、あらゆる面から竹について研究を続けてきた高野氏。しかし、真の意味で竹がわかり始めたのは50歳を過ぎてからだという。昭和44年11月の千利休展でのこと。「利休の尺八の花入れを持たせてもらったら、ものすごく軽い。だから、それが腐る直前の竹だということはすぐに分かった。でも、当時はまだその価値が分からなかった」。そして、平成元年2月。高野氏が竹林に出向くと、大雨で竹が折れていた。「そこで、あの利休の竹と出会ったんです。折れて水が入り、半分腐った若い竹。その瞬間、理解できた。これは自然が作り出した珍しい竹なんだと。そこからすべてが解けだしました」。竹の本質に触れて以降、その魅力と価値を広く知らしめるべく、製作と研究の合間をぬって、講演、指導と精力的な活動を続けている。